妖刀姫 ――ようとうき―― 小説/紫衣
かつーん、かつーん
鋼を打ちすえる音が響く。
ユルスモノカ
ユルスモノカ
かつーん、かつーん
真っ赤な鋼を槌が打つ。
ユルスモノカ
ゼッタイニ
じゅうっ!
焼けた鋼が、どろりとした赤黒い液体に浸けられ、白い蒸気を上げる。
殺シテヤル
俺ノ命ニ代エテモ――
【 第一章 】
― 1 ―
「私は死にます。後悔はしません。でも次は、いじめのないところに生まれたい。温かい家庭の子供に生まれたい」
少女はそこまで書いてペンを置いた。
何か書き落としていることはないだろうか。一文字ずつ、丹念に見返す。――文章はこれでいい。
自分をここまで追い込んだ3人の少女の名を書くべきだろうか、と考える。
3人とも、学校では優等生で通っている。自分が死んでも、原因が彼女たちだとは思われないだろう。ここではっきりと名前を挙げて、罪を償わせるべきではないのか。
――いや、必要ない。自分が死んだ後で3人が罰せられようと、それで自分が天国へ行けるようになるわけでもない。ただ、こんな人生から逃げ出したいだけだ。静かに死ねれば、それでかまわない。
最後に自分の名前を書き添える。「平塚葉月」
――しばらく考えて「平塚」を消す。家族にも嫌気がさして死ぬのだ。名字は必要ない。最後まで家族の名などに縛られたくはない。
「はづき」――2年前に死んだ母が、夏の終わりに産まれた自分にくれた名前。これだけあればいい。これだけをもって、母の元へゆこう。
遺書は完成した。自分の最後のメッセージ。
葉月は机を離れ、姿見の前に立った。14年間見てきた自分の顔が映る。
切れ長の眼、結ばれたくちびる。きめの細かい肌を、ショートの黒髪が縁取っている。
明るく微笑めば、美少女といわれておかしくない、繊細な容貌。けれど鏡の中の少女は、緊張と疲れの入り混じった、硬質な表情を顔に張り付けたままで立っている。
見慣れた顔。それももう、見ることはないだろう。
コンコン。
ノックの音と共に、部屋のドアが開かれた。葉月はびくりとして振り返る。
「葉月さん、夕食にするから、降りていらっしゃい」
顔を覗かせた母、いや、継母が、感情のこもらない、事務的な声で告げた。
「は、はい。行きます」
葉月はあわてて返事を返す。机の上の遺書が目に触れたら大変なことになる。ドアに駆け寄ると、視線を遮るように立ち、継母を押し出した。とても食事などする気分ではなかったが、やむをえない。
前を歩く義理の親の背中を見ながら、ぼんやりと考える。この人が来てから、家はおかしくなったのだろうか。
表面上の態度は丁寧ではあるが、まるで品物のようにしか自分のことを見ない、父の再婚相手。
その連れ子である義理の妹はまだ8歳。母の気持ちが葉月に傾くのが嫌なのか、何かにつけては葉月を目のかたきにする。そして、継母は当然のように自分の子供の味方をする。
ここは確かに葉月の家だが、彼女の心の置き場所はここにはなかった。
唯一の肉親である父も、家庭内のそんな険悪な関係には、まったく無頓着だった。葉月の母が死ぬ前から、趣味の骨董品以外にこだわりを示さない人であった。
なにもかもが自分を追い込む方向に動いている。自分が己の手で命を絶たなければならなくなったのは必然のことなのだと、葉月は感じていた。
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Author:ryuu19
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